20年ほど前、米国の有人宇宙船コロンビア号(Space Shuttle Columbia)が大気圏再突入の際に空中分解を起こして地上に落下しました。

宇宙船に搭載されていたハードディスク(以下、HDD)は、その後に回収されてデータ復旧会社に委託されました。

本稿では、HDDの(データ消去と表裏の関係にある)データ復旧の観点からこの事故を皆様と共有したいと思います。

目次
1.事故の概要
2.回収された本件HDD
3.HDDのデータ復旧までの経緯
4.データ復旧作業について推測されること
5.おわりに

1.事故の概要

平成15年(2003年)2月1日、宇宙船コロンビア号が大気圏突入直後に船体の不具合によって空中分解を起こし、それによって生じた破砕物は、高度数10kmから地上に落下しました。

全米数州に亘って広範囲に散逸した数万点の落下物は回収されて、主として飛行訓練や宇宙管制のためのジョンソン宇宙センター(テキサス州)や、主として組立てや打上げのためのケネディ宇宙センター(フロリダ州)等に搬送されて、その後の事故調査のために保管されました。

2.回収された本件HDD

本件HDDの写真は、次のURLで見ることができるようです。

h○○ps://1library.net/document/y6lrmony-space-shuttle-columbia-hard-drive-nasa-recovered-crash.html?utm_source=search_v3

又は

h○○ps://1library.net/document/y6lrmony-space-shuttle-columbia-hard-drive-nasa-recovered-crash.html?utm_source=search_form

3.HDDのデータ復旧までの経緯

・ 2003年2月1日(土): 宇宙船の空中分解事故が起こり、HDDを含む破砕物が地上に落下しました。

・ 2003年9月26日(金): 米国航空宇宙局(NASA)のグレン研究センター(オハイオ州)は、回収された3台のHDDのデータ復旧を業界大手のKroll Ontrack社(以下、オントラック社)に委託しました。

・ 2003年9月○○日: 3台のHDDのうちの2台は、プラッタがキュリー点(物質が磁性を失う境界となる温度)に達した高熱によって歪んでおり、プラッタに対するテスト結果が磁気データの徴候を示さなかったようです。

・ 2003年9月○○日: 残りの1台のHDDは、Seagate社製の2.5インチST9385AGであり、3枚の金属製プラッタが取り外されて、予め用意した同種同型のHDD(ドナー)に載せ換えられ、データ抽出が実行されました。

・ 2003年9月29日(月): オントラック社はHDDのデータの99%復旧を完了したようです。

4.データ復旧作業について推測されること

(1)HDDは、一般に5000rpm~15000rpmで回転するプラッタ(円板)の磁気記録面と、円弧状のシーク運動を行う磁気ヘッドと、の間の浮上隙間が10nm~50nm(1nm=0.001μm)に維持される超精密な構造から成る記憶装置です。

空中分解事故の際に、本件HDDの内部をシールするパッキンや制御基板などが高熱のために溶解し、落下後には、内部が大気に約6ヶ月開放され続け、このため、プラッタ表面には、粉塵や磁気ヘッドが固着し、樹脂部品が溶融付着していたようです。

従って、プラッタの精密洗浄は不可欠であり、超音波洗浄機を用いて、洗剤による洗浄工程と純水によるリンス工程とを繰り返して、数時間~十数時間を掛けて洗浄作業が行われ、その合間にプラッタ毀損箇所が金属顕微鏡でチェックされて応急処置がその都度実行されたと考えられます。

(2)HDDは、磁気ヘッドがプラッタ表面に向けて常時付勢される構造上、電源オフ時や緊急時などにプラッタを傷付けないようにするために、①プラッタの外に磁気ヘッドを退避させるランプロード方式(現行タイプ)と、②プラッタ上の最内周に磁気ヘッドを退避させるシッピングゾーン方式(旧タイプ)と、の2つに分けることができそうです。

本件HDD(旧タイプ)の場合、①プラッタを取り外す作業、②取り外したプラッタを洗浄する作業、③洗浄後のプラッタをドナーHDDに載せ換える作業は、プラッタや磁気ヘッドを傷付ける虞れが極めて高いので、最高難度の作業であったと考えられます。

(3)問題は、HDD制御用のファームウエア情報の修復です。

ファームウエア情報は、プラッタ自体に書き込まれる情報と、制御基板のEEPROMに書き込まれる固有情報と、に分けられるようです。

後者の固有情報は、HDDの製造ロットや製造仕様ごとに微妙に異なっており、ドナーHDDの制御基板(EEPROM)が本件プラッタにそのままストレートに適合するわけではないようです。

従って、本件プラッタを載せ換えたドナーHDDを起動するために、EEPROMの書換え作業等について試行錯誤が繰り返されたものと考えられます。

(4)次の問題は、磁気ヘッドによる本件プラッタからのデータの抽出です。

本件プラッタには、多数の傷(スクラッチ)が存在しており、各スクラッチの凹凸に磁気ヘッドが反応してデータ読取りがストップしたり、磁気ヘッドが破損したりという事態が多発したと考えられます。

このため、何度か磁気ヘッドが壊れてヘッド交換を行いつつ、スクラッチの無いデータ領域のかなりの部分について、細心の注意を払いながら、手作業的にデータ抽出を行ったのではないかと思われます。

5.おわりに

本件HDDは、重度の物理的障害と論理的障害とを極限的に負っていたので、データ復旧が一般に不可能な事例であったと思われます。

しかしながら、オントラック社は、それを見事に克服し、ほぼ完璧な形でデータを復旧させました。

凄いの一言であり、データ復旧技術に関する米国の底力が感じられます。

尚、本件HDDは、その当時、日本で人気のNEC製ノートパソコンPC9821の一部に搭載されていたHDDと同じもののようです。

以上、「空中分解した宇宙船コロンビア号のハードディスクは、データ復旧できたのか?」、でした。